大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成3年(あ)239号 決定

本籍

京都市東山区祇園町北側三四七番地

住居

京都市左京区北白川西町八一番地

無職(元団体役員)

中村完

昭和六年六月二一日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、平成三年二月四日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人石井嘉夫ほか二名の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 坂上嘉夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

平成三年(あ)第二三九号

○上告趣意書

被告人 中村完

右の者に対する相続税法違反被告事件についての上告の趣意は、左記のとおりである。

平成三年四月一七日

右被告人弁護人

弁護士 石井嘉夫

同 井上勝義

同 厚井乃武夫

最高裁判所第三小法廷 御中

原判決はその刑の量刑が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第一、本件犯行における被告人と谷篤の役割に対する評価について

一、原審において弁護人は被告人が本件犯行に加担するに至ったのは、被告人が同和対策新風会の上司あるいは先輩であった小畑一夫(以下「小畑」という)や谷篤(以下「谷」という)に同会の肩書を利用できる者として引き入れられたからであり、かつ右事情よりして被告人は単に小畑や谷の手足となって本件犯行を実行したにすぎず、かかる点よりして被告人の本件犯行に果した役割は従属的であって量刑上、刑の執行を猶予された谷との間に差がない旨の主張をしたが、原判決は右主張を理由がなく採用し得ないものとしている。

しかしながら、この点についての原判決の認定は、次に述べるとおり小畑、谷と被告人の関係を正しく把握したものとは言えず、被告人に有利な事情として量刑に反映されておらず、その結果、刑の量定が甚だしく不当なものとなっている。

二、原判決は、弁護人の右主張を採用し得ない理由として、本件犯行当時小畑及び谷が同和対策新風会に所属していなかったことや、被告人が同会の全国統括局総局長という高い地位についていたこと等を揚げ、本件犯行当時、同和対策新風会の組織上、被告人が小畑や谷の部下であったとはいえない旨認定している。

しかしながら、原判決も認めるとおり、被告人が同会に入会した当時、谷は既に同会の実践委員長の地位にあり、小畑も被告人より遅れて入会したものの理事の地位にあったものであり、その当時において小畑、谷と被告人は上司・部下ないし先輩・後輩の関係にあったことは間違いなく、同会の上司・部下ないし先輩・後輩の関係が絶対的なものであることに鑑みれば、その後、小畑と谷が同会を退会し、被告人が同会の組織上高い地位に就任したからといって、右先輩・後輩の絆が消滅するものでないことは容易に推認できるところである。確かに、本件犯行当時、小畑と谷は同和対策新風会を退会しており、従って、原判決の判示するとおり同会の組織上において小畑、谷と被告人との間に上司・部下等の関係が生じないことは当然であるが、同和の組織に関与した者として事実上、同人らの間に先輩・後輩の関係があったことは明らかであり、右関係に基づいて被告人は同和対策新風会の肩書を利用できるものとして小畑、谷に本件犯行に引き込まれ、その手足として使用されたのである。

尚、原判決は、谷と被告人が「タニやん」「カンさん」と呼び合う間柄であったことを以って、被告人が谷の部下ないし後輩の立場にあったものではない旨の根拠としているが、被告人は谷よりも九歳も年長である点からして個人的に右呼称を使っていただけであり、右呼称の使用と谷と被告人が事実上の先輩・後輩関係にあったこととは全く関係ない。

三、原判決は、本件犯行における被告人の役割につき、弁護人主張の如く小畑や谷の手足として従属的な役割を果しただけではなく主犯格であったと認定した根拠として右に述べた他、本件犯行を共謀した際における被告人の発言や具体的な申告手続の案出、関与の程度、報酬の取得額等を揚げている。

しかしながら、かかる事情も被告人が本件犯行において従属的な役割を果たしたものであると認定するに少しも妨げになるものではない。

即ち、

1 本件犯行には、被相続人に多額の架空債務を作りその債務を相続人が引受ける方法により行なわれており、しかも右架空債務の計上は唯一人の架空債権者を作出することにより行なわれる等その手口は極めて単純である。すなわち右脱税手口を含めた申告手続は被告人が特別に案出したものではなく、同和の名前で税金申告する場合の常套手段であり、小畑や谷が被告人に本件犯行を行なわせるに際し当然の前提として了解していたものである。谷の検察官に対する昭和六十三年一一月二日付供述調書によれば本件犯行前において他の同和団体が税務申告を代行し、過少申告をする方法により手数料を得ていたことがあり、同和団体において右事実は広く知れ渡っていたことが認められ、右事実からすれば本件の如き極めて単純な方法による脱税手口は、元同和団体役員をしていた小畑や谷にとって被告人以上に熟知していたものであることは容易に想像されるところである。

2 本件犯行は、確かにその主要の部分において被告人が実行しており、これが被告人を主犯格と認定する最大の根拠となるものと思われる。しかしながら、本件犯行は同和団体の威力を背景とした脱税事件であって、その実行に際しては同和団体の肩書を有する者の存在が不可欠であるところ、本件犯行を企画した小畑と谷はこの同和団体の肩書を得るために、従前からの先輩・後輩の関係を利用して被告人を本件犯行に引き入れたものである。本件犯行の主要部分を被告人が実行したのはかかる意味において当然のことであり、これを以って被告人が本件犯行の主犯格であるとするのは全くの誤りである。

本件犯行の手口の性質上、同和団体の肩書を有する被告人は表面に出て実行行為を行なわざるを得なかったが、その立場、役割は同和対策新風会における被告人の元上司として本件犯行の全ての段階に関与し、これを掌握していた谷と変るものではない。

3 更に、被告人の報酬の取得額も本件犯行に使用した費用を差引けば谷の報酬取得額と大差なく、以上述べた諸事情により考えるならば、被告人を本件犯行の主犯格と認定し谷に対し刑の執行を猶予したのにもかかわらず、被告人に実刑判決を下した原判決は谷との比較において刑の量定が甚だしく不当であると言わざるを得ない。

第二、第一審判決後の事情の評価について

一、被告人の生活状況について

被告人は、第一審判決後、本件犯行時に加入していた同和対策新風会を脱退し、被告人の娘夫婦のもとで、孫の相手をしたり、娘婿の経営する精肉店の手伝いをする等、専ら謹慎の日々を送っている。これは、被告人が本件犯行を犯すに至った原因について真撃に反省し、今後、再び違法行為を犯すことなく、平凡な市民として生活してゆこうとする決意の現われであり、かかる被告人の行状からみれば被告人に再犯の可能性はないものといえる。

二、藤井章夫に対する弁償金の支払について

被告人は、第一審判決後、弁護人を通じ弁償金の支払につき藤井章夫の代理人と交渉し、その結果、金一〇〇〇万円を同人に対し支払っている。

被告人は本件犯行により金五〇〇〇万円を利得しており、右弁償金は未だその一部に止まっているが、他面、右金員の全てを被告人が費消しているものではなく、また、右のとおり同和対策新風会を脱会し、真面目な生活を送っている被告人にとって金一〇〇〇万円を用立てることは並大抵のことではなく、被告人の藤井章夫に対する誠意、更には本件犯行に対する反省の度合を評価するにあたっては最大限考慮されるべきものである。

三、被告人の健康状態について

被告人は以前より頭位性眩暈症を患っていたが、最近になり更にその症状が悪化し、それに加え下血、不整脈の症状も併発するに至っている。

被告人は右病気により昭和五九年一二月一二日から平成三年一月一一日に至るまで七回も入退院を繰り返して、現在に至るも右病状は回癒していないばかりか、むしろ悪化しており、現在日常生活を送るにこと欠く程である。従って、かかる病状からして、被告人の健康状態は到底施設収容に耐えられるものではない。

第三、結論

以上述べた諸事情に鑑みれば、原判決は、第一審判決後に生じた事情を含め、被告人に有利な情状を考慮し、第一審の判決を破棄したうえ、懲役刑の刑期及び罰金額をいずれも軽減したものの、なお、本件犯行における被告人と谷との役割について被告人に不当に不利な認定をし、かつ第一審判決後に生じた事情についても十分な酌量をせず、実刑判決を下した点においてその刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例